静かに家族を思い続けたある男性の話

ケアマネ日記 ケアマネ日記

介護の現場で出会う方々には、それぞれの人生があります。
表には出てこない感情や過去を抱えている方もたくさんいます。
今日は、私がケアマネジャーとして関わったAさんのことを、少し書いてみたいと思います。

Aさんは89歳の男性。
一人暮らしで、持病を抱え、地域との関わりもなく、唯一の家族である隣県に住む息子さんとも疎遠だと聞いていました。

初めて訪問した日、玄関先で名前を名乗る間もなく、怒鳴られました。
「帰れ!」
怒りと警戒心に満ちたその表情を、今でも思い出せます。

でも、動かない足を引き摺り、時には転びながら生活するAさんに介護の支援は必要でした。


どうにかヘルパー導入までこぎつけたものの、今度はヘルパーに対してセクハラ行為があり、契約は中断。
これからのことを話し合おうとAさんの家を訪ねた時のことです。

Aさんに息子さんの協力を求めるよう提案するものの、何も言わなかったAさんがぽつりとこう言いました。
「迷惑かけたくないんだよ、アイツには・・・」
“アイツ”とは、息子さんのこと。
厳しく、時に突き放すような態度をとっていたAさんが、ふと漏らしたその言葉に、私は胸が詰まりました。

「世話になってるってのは、わかってる。本当は感謝してるんだ。アイツは昔から勉強ができ立派な学校を出て自慢の息子なんだ。嫁さんもいい人でなぁ・・・幸せもんだよ。だからアイツの人生のじゃまをしたくねぇんだよ・・・」


小さな声で、ぽつりぽつりと照れくさそうに話しました。
きっと、直接息子さんに言うことはできなかったんでしょう。
でも、その気持ちは確かに私には伝わってきました。

Aさんが住んでいた家は、こだわりを持って建てた家でした。
古びてはいましたが、大切に暮らしている様子があり、幼い子供と写る家族の写真が何枚も飾られていました。
「ここでアイツ(奥さん)と、ずっと一緒にいたんだ。オレは幸せだったなぁ。」
そんなふうに話してくれたこともありました。

奥さんは数年前に亡くなっていて、その後のAさんは少しずつ人との関わりを避けるようになり心を閉ざしていきました。
怒りや拒絶の奥には、「失いたくなかったもの」や「守りたかった時間」があったのかもしれません。
今となっては不器用な形でしか表現できないけど、それでも確かに存在していた大切な家族との時間だったと思います。

ある日Aさんは急激に持病が悪化し、救急車で搬送されました。
そしてそのまま病院で静かに息を引き取りました。

数日後、小さな葬儀会館で、私はAさんと再会しました。
いつも険しい顔をしていたので、安らかに眠るAさんの穏やかな表情を初めて見た気がします。


棺の中で穏やかな表情のAさんと対面していたのは、息子さんでした。
息子さんは黙ったまま、お父さんの顔をじっと見つめていました。
言葉はなかったけれど、そのまなざしの中には、たくさんの感情が込められているように思いました。

私はそっとAさんの生き方を思い返しました。
不自由な体で誰にも頼らず、ひとり家族との思い出を守ってきたAさん。
ずっと大切な家族を想っていたAさん。
心の奥にしまい込んでいた感謝を、ほんの少し、私に見せてくれた時のAさん。

私は、Aさんが息子さんに「ありがとう」と言いたかったことを、感じ取り息子さんに伝えました。
最期のAさんの表情が、そう語っているように見えたから。

【最後に】

ケアマネージャーは、利用者の人生のほんの終わりの部分だけの関わりから始まることが多いです。
なのでその人の過去や家族関係など、容易にはわからないことがたくさんあります。
安易にそこん触れてしまい、ときに怒鳴られたり拒絶されたりすることもあります。
でも実はその奥には、言葉にならない感情が隠れていることがあるのだと思います。
もしそれが、大切な人に伝えたいなにかであるのなら、それを伝える何らかのきっかけになれればと思います。

※このブログに登場するエピソードは、複数の事例を元に再構成し、個人が特定されないよう配慮しています。

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