在宅介護での看取り|夫のさいごに寄り添う妻の選択

妻が夫のそばに寄り添う、在宅介護の温かなイラスト ケアマネ日記

在宅ケアマネジャーとして、数えきれないご家族と出会ってきました。その中でも、今も心に残っているご夫婦がいます。 認知症の夫を、ずっとご自宅で介護されていた奥さん。私はその方の人生の一部に、そっと寄り添わせていただきました。

80代のご夫婦との出会い

担当ケアマネの交代により、私がご主人を受け持つことになりました。
その頃ご主人は、要介護1。週2回のデイケアで身体機能の維持に励んでいました。自分で食事をとり、杖を使えば歩けて、トイレにも行ける。物忘れはあるものの、声をかければ日常のことはほとんど自分でできていました。 ちょうどその頃、車の運転をやめたばかりでした。 車がなければ不便な地域です。ご主人はそれまで、通院も買い物も運転して出かけていました。

しかし認知症の進行とともに操作ミスが増え、大きな事故を起こす前に、ご夫婦で話し合い、車を手放すことを決めました。 まだ自分のことをある程度わかっていたご主人にとって、それはどれほど辛い決断だったでしょうか。でも、いさぎよく受け入れました。

「だいじょうぶよ」 奥さんはそう励ましました。

奥さんは車の免許を持っていませんでしたが、ミニバイクを運転できました。買い物はバイクで。通院はタクシーを使いました。体の小さな奥さんが、動きにくくなったご主人をタクシーに乗せ降ろしする姿は、いつ見ても胸に迫るものがありました。

少しずつ、できないことが増えていった

外出の機会が減ると、足腰の力は落ちていきました。 ご自宅のお風呂は、奥さんが介助していました。しかしある日、入浴中にご主人が転んでしまいました。それからはデイサービスでお風呂に入るようになりました。 二人とも、寂しそうな顔をしました。でも奥さんは、ご主人の前では笑っていました。
「お父さんが今まで私や子どもたちを支えてくれた。本当によく働いてくれた。今は私がお父さんを支える番ね。」
やがてひとりで歩くことが難しくなり、車いすを使う時間が増えていきました。この頃の要介護度は4に上がっていました。

妻が倒れそうになった時

介護が続く中で、奥さん自身の体調が崩れることがありました。インフルエンザに罹った時、腰痛が悪化した時。 奥さんには県内に住む娘さんがいましたが、仕事と子育てを抱える身です。来られない時もありました。
ある時、娘さんが来られない状況で緊急のショートステイを利用しました。それをきっかけに、定期的にショートステイを使うようになりました。私が強くすすめて、ようやく受け入れてくれたのです。
これは奥さんが「諦めた」のではありません。介護を続けるために必要な休息を、ようやく自分に許してくれた。そう私は思っています。

訪問看護と訪問診療が始まった

通院が難しくなり、訪問診療と24時間対応の訪問看護が入るようになりました。 奥さんはずっと不安を抱えていたと思います。変わっていくご主人の状態、介護の仕方、自分自身の健康のこと。その不安が増してきたタイミングで、訪問看護と訪問診療が始まりました。
ケアマネジャーは介護の相談には応じられますが、具体的な治療や処置の相談は専門外です。訪問できる時間にも限りがあります。訪問看護師は毎週来ることで、奥さんの不安に耳を傾け、的確なアドバイスをしてくれました。
訪問看護の大きな意味は、そこにあると思っています。 寝たきりになっても、デイサービスには通えました。リクライニング式の車いすで、外の空気を吸うことができました。

口から食べること

飲み込む力が弱くなるにつれ、食事の形を変えていきました。刻み食から、ミキサー食、ソフト食へ。水分にはとろみをつけるようになりました。それでも誤嚥性肺炎を繰り返しました。
胃ろうという選択肢がありました。 しかし奥さんは、静かに首を横に振りました。
「本人が望んでいませんでしたから。」
認知症が進む前、ご主人は奥さんにこう伝えていたそうです。
「延命治療はしたくない。しぜんのままでいい。」
娘さんは、できるだけ長く生きてほしいという気持ちもありました。母と娘は、何度も話し合いました。そして最終的に、本人の気持ちを尊重することを選びました。

枕元での声かけ

ほとんど言葉を発しなくなったご主人でしたが、言葉は届いていました。 奥さんは枕元に座り、昔の写真を見せながら話しかけました。
「お父さん、一緒にテニスしたね。」
「あの旅行、楽しかったわね。」
声をかけると、ご主人の表情がふっとゆるみました。それだけで、奥さんには十分だったのだと思います。
痰が増え、奥さんは看護師の指導を受けながら吸引を行うようになりました。小さな体で、最後まで夫に寄り添い続けました。

さいごの訪問

「呼吸と血圧に変化が出ています。早ければ数時間かと思います。」
訪問看護師からそう連絡を受け、一緒に伺いました。 奥さんは穏やかでした。ご主人のそばで、やさしく見守るように寄り添っていました。ご主人も、苦しそうな表情はありませんでした。
その二人の間に、私にはかける言葉がありませんでした。

翌朝早く、看護師から連絡が入りました。
弔問に伺うと、安らかなご主人の顔がありました。そしてそこに、変わらず寄り添う奥さんがいました。

最期の瞬間は、決して特別なものではないような気がしました。
いつものご夫婦の姿が、そこにありました。あたりまえに過ごしてきた時間の、延長のように。
それがご主人の望んだお別れだったのかもしれない。
奥さんはそれを、最後まで支えたのだと思います。
ふたりで支え合い、寄り添いながら紡いできた時間が、そこに確かにありました。

このご夫婦から私は、「介護とは、お別れの準備の時間でもある」ということを教えていただきました。
さいごまでの時間に、できることは限られています。けれど、その時間をどう過ごすかは、本人と家族の想いで決めていいのだと思います。

「こんなこと聞いてもいいのかな」
「不安な気持ちを聞いてほしい」

そんな時はどうか遠慮なく、ケアマネやスタッフに声をかけてください。
大切な家族との時間
介護に迷い、戸惑い、苦しむ人の心が、少しでも軽くなりますように。

そんな願いを込めて、私はこのブログを書いています。

※本記事は実際の支援をもとに、個人が特定されないように十分配慮し、内容を一部変更・再構成しています。

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